T20-002:大昔に嘘と思ったG氏「輪姦」話の件と…何故か私が脅されているかのような気配の件。

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T20-002:大昔に嘘と思ったG氏「輪姦」話の件と…何故か私が脅されているかのような気配の件。


2020/07/17 3:34 下書き段階で公開 3:53微修正 5:24追記。

2020/07/17 23:41~2020/07/18 1:00追記

2020/07/18 1:51 正式公開

2020/07/19 0:01 メモの時間の追記と誤字を一字訂正


①1976年頃、サークルに近い所で、私、NHさん、NSさん、TN君で週一度会っていた。
ある時、(顔も名前も知らぬ)G君が参加し、やがて去っていた。どのくらいの期間一緒だったか覚えていない。現在は名前も顔も一切覚えていない。
彼が突如「…昔(1976年よりも更に何年か前に遠方での昔話として)…自己の意思に反して…輪姦(りんかん)…に加わった」か「加わされた」と言う。

そのときにはそのような会話類はしていなかったときの突如だったような覚えがある。
私は嘘(うそ)と思った。
と言うのはいずれ、自伝類で記載するが、今ほどではないが、幼小の頃から、時折、自己の意思に反する言動や行動をさせられ不思議に思うと同時に、突如、人が嘘やら本当やら分からぬことを言うことに出会っていたからである。
 そこで半信半疑というよりも嘘と思った。実際に今でも嘘やら本当やら分からない。第一、そのサークル類はそうした行動に大変嫌悪する団体だったからである。

 NHさんと、NSさんも言葉を失って、唖然(あぜん)とか「まさか」という雰囲気であった。また、飲み屋で、全く知らぬ人がそうした発言をしたときにも、人は言葉を失うというよりは半信半疑となる。ましてや、事件がその数年以上前となれば…全く知らぬ場での・知らぬ地の話となれば…何故、知らぬ人に突如…と「ちんぷんかんぷん」となる。

ただし、TN君はG君を叱(しか)っていた。



②2000年頃から数年催眠強制で過去の思い出を膨大にメモを強いられる。
その後、その件は全く忘却していた。ところがポリテクカレッジ岡山を1998年に辞職した数年後、催眠で、膨大な過去の件をパソコンに書かされた。丁寧(ていねい)ではなく、「写真残酷物語」の下書き以上に煩雑(はんざつ)にである。上記の件も書いたかどうかは覚えていないが書いた可能性は高い。
見直そうにも煩雑すぎると同時に、超多忙なため未(いま)だに正式な確認はしていない。



③2004年頃から裏のフィクサーとして、一部の情報機関からマークされる。
2004年頃に小泉純一郎氏(当時の総理大臣)始め、国会議員などに「救済依頼文書」(後の『恐るべき労基法違反』)を送付後から、国家関連の重要な出来事に、私が関与し始める。それらは拙著『日本のフィクサーME』{上下ともにKindle、KOBO各百円}で情報公開している。


地元や親戚の人は「近所のタカちゃん」であり、TVなどの世界では政治を動かすときもあるキーパーソンと思われていた。
もっとも、2000年に小渕恵三総理に救済依頼文を送付した頃から、後藤田正晴氏などは「君は総理を狙っているのだろうが、まだ早い。君はせいぜい大臣だ…」と言っていた。私の40代の頃である。2005年頃はそれ以上に裏では目立っていた。


こうして、私の記述する文書等はスパイ及びスパイ型で人が見る危険が常時でてきていた。



④2006年冬頃、パソコンが数度故障で、エプソンダイレクトに修理に出す。
パソコンのHDDは穴を空けるか、ハンマーなどで壊さぬ限り、データは復活できるのはパソコン通の間では常識である。フォーマットしていても、プロの手にかかれば復活できる。

イレース(erase)型ではなく、ペンキ型である。即ち、データを消し去るのではなく、書いたものに白いペンキを塗り、その上に新しい文字を記憶させると同様の原理と聞いたことがある。そこで、消した文書でも、ペンキをはがせば文書は復活できると認識していた。

2006年初頭から従兄弟(いとこ)の子の結婚式写真をアナログ、デジタル変換で行ったが、重要な写真は写真一枚48 MB以上である。そこで当時のパソコンでは当然故障のリスクが高かった。当時のパソコンは一般にメモリは128 MB、業務用は64 MB、私はヘビーユーザのためBTO形式で768 MBであるが、上記作業は無理である。768 MBとは4年前のスマホの四分の一、今の先端スマホの十分の一以下のパワーである。当然、故障が予想されたが…催眠類と成り行き上やらざるを得なくなった。詳細は「写真残酷物語・下書き」参照。

実際にパソコンが二度故障する。一度目は電源ユニットか何かの故障のため、HDDのフォーマットができずに送付した可能性もある。現時点では覚えていないがエプソンダイレクトに記録があろう。フォーマットしていてもプロの手にかかれば復活できる。ましてや、その頃は私は一部の機関にはマークされていた。
どのようなことを言っていたり、政治に影響を与えたりしたかは『同上書』参照。

電源ユニット類の故障ならばフォーマットできずに送付した可能性すらある。その場合には更に簡単に内容は見られる。このとき、二度連続故障し、二度送付しているはずであるが、エプソンダイレクトに記録があろう。修理に出すときにはPC内蔵HDDの確認はPCが動かないためできない。バックアップも全てとっている訳でもない。その上、頻繁にバックアップをとる外付けHDDもパソコン本体がフリーズし電源落ちすると同時に故障していた。(なお、うっすらした記憶では内蔵HDDも新しいものと交換され、戻ってきたのではないかと思う。エプソンダイレクトに記録があると思う。)



⑤当時のサークルが、ある政党の選挙応援をしたことがある。1976年頃の話である。

私は選挙関連は事実上1977年頃から実質的にはしていないに等しく、1981年からはしていないに等しいではなく一切していない。党派中立宣言が1985年か86年頃であり、明文での党派中立宣言は1994年頃である。また救済依頼を1999年から送付しているときにそれを記載しているため契約的党派中立は1998年か1999年からである。


ともかく、実質的に党派中立をしてから約40年となる。要するに、選挙活動を実質的・本格的に最後にしたのが1976年であった。

しかし、ポリテクカレッジ岡山及び雇用能力開発機構との闘争で、ある町議会議員(後に市議会議員)に立会人の労を執(と)ってもらった。その議員の人が⑤で1976年頃の選挙でサークルで応援した政党に所属されていた。

党派中立の私とその議員との契約は以下である。
☆☆☆☆☆
双方の契約→
私「党派中立のため選挙類の応援は不可能。ただし、S氏が私のために汗を流した分だけ、引っ越し類などの手伝いで相殺したい」
S氏「それには及ばない。地元の町・市(郷土)に貢献してもらえばよい」
成功報酬型で考え、問題解決後は約束遵守予定。
各種文書で2000年頃から何度も公開済み。
☆☆☆☆☆

しかし、私の裏の知名度から、①関連情報は選挙で悪質なキャンペーンに悪用される危険があった。その上、先の契約があっても人情として、パソコン修理の関係で「輪姦(りんかん)」関連情報が漏れる危険がある以上、その議員に知らせた。
もし、選挙などで悪質なキャンペーンに悪用される場合に備えて、事情を調べて、(もみ消しではなく)正当な形で即座に対応できるようにとの配慮である。

ただし、余りに丁寧(ていねい)に解説すれば、党派中立宣言に違反することになるし、同時にG氏への二次犯罪、三次犯罪の危険もあった。要するに、その件は時効ではあるが、情報を知った人が、万一、①が事実ならば、Gさんをゆする危険があるためである。要するに、Gさんが現在社会的地位か何かがあれば、恐喝(きょうかつ)されたりする危険である。

なお、このサークルは政党組織ではないため、先の議員は会話現場には1976年にはいなかった。しかしこのサークル類がS議員さんが所属する政党の候補者の選挙応援はしたことがあったため、念をいれての措置である。

私の表の知名度と裏の知名度の落差が余りに大きすぎるため、十分理解されないかもしれないが、私に関しては、世界の情報機関は私の村の人よりも詳しいことも事実である。2005年頃でも国によればそうであった。多くの政治事項に既(すで)にかかわっていたからである。

パソコンが壊れたのが2006年のため、その頃に議員さんに伝えたと思う。



⑥この件は、 G氏等への二次犯罪、三次犯罪を誘発するため、私は裁判所類以外では記載も話したくもなかった。

しかし、何か、私が脅迫されている疑惑があり、その関係で催眠独り言を強要された関係で、今回参考までに記載せざるを得なくなった。

私の立場。
私は幼小の頃から不可思議なことがあり、①は「嘘」と思っていたし、今でもそう思っている。だが、G氏への二次犯罪・三次犯罪を警戒したり、親切心で議員さんに伝えたりしたのが、…何故(なぜ)か、私が長期脅される雰囲気を感じ、それでも沈黙を守っていた。しかし、催眠型で独り言で喋(しゃべ)らされたため、やむを得ず、ここまで情報公開をする。

ただし、この話はどの地域か(東京・大阪・岡山…)は記載しない。サークル名も記載しない。議員名は、推測されるため、必要時には公開してもよいが、この議員の人が住んでいる地域のサークルかどうかも記載していない。


なお、まさかと思うが①が事実であり、被害者がPTSD等になり、現在でも訴訟可能な場合や訴訟される場合には、当時聞いたことを法廷でそのまま証言せざるをえない同時に、そのときは、NHさん、NSさん、TN君の名前も記し、彼らも聞いたことをそのまま証言をすることは間違いないと思う。長期会っていないが、まだ、健在と想像する。

なお、Gさんについては、2000年頃も今も、顔や名前どころか名字も覚えていない。これは事実である。会った回数もわずかと思う。

私の自伝類を読めば分かるように、当時は後に記す、突如デマ・嘘を聞かされることがあった。また、私自身が自己意思に反したりする言動や行動をさせられたこともある。今から考えれば催眠類と分かるが、当時は催眠類とまでは分析できなかったが、何か不可思議なことと何度も首をかしげることがあった。映画説までは思っていなかったが、不思議な世界と感じることがときどきあった。そこで、①の件は真偽(しんぎ)不明で、上記の対応、ただ唖然(あぜん)としただけであった。


ソレ抜きでも、大阪の飲み屋で全く知らぬ人が、「ワシは十年前に北海道で強姦(ごうかん)をしたことがある…」と隣で言われても「ちんぷんかんぷん」で真偽不明のみか、何故そういう話題でもないときに、そんなことを突如言うのだろうかと更に意味不明となり、対応は通常は無理である。

しかし、事実と分かり、その上で被害者を知っていたりすれば話は違う。

①に話を戻せば、当時は被害者は知らないし、事件の場所も違うし、①のときの数年以上前の話であり、全く会話の話題でもないときに突如であり、「ちんぷんかんぷん」、半信半疑以上に、誇張(こちょう)というよりも嘘かと(漠然と)思った。

大学時代は、バイト先で、戦争中に、人を殺したときの殺し方まで、余り親しくない方が私に突如言われたことや…その他多数の不思議なことがある。この件もその中の一つである。
真偽不明であるが①を聞いたことは事実である。内容が事実かどうかは当時は漠然と「嘘」と思っていた。

今と異なり頻度は少ないが、幼小の頃からの不可思議な話を書かねば、理解はできないであろう。現在下書き段階では「閉じた窓にも日は昇る―付録編」などである。


今回、詳細には書かないが、私自身が脅迫というか脅されているような気配を長期受けていたが、G氏への二次被害を警戒して一切記述を拒否していた。しかし、催眠で独り言を言わされ、(スパイを含む)誰が聞いたかわからぬ状態のため、やむを得ず、今回記さざるをえなくなった。


なお、一気に記しているため、後日、見直し修正することもありうる。


ただし、今からでも訴訟類があれば、私自身は弱者、被害者の立場に立たざるをえず、聞いたことをそのまま証言するであろう。この種のことは本来、記述ではなく、G氏への二次犯罪・三次犯罪予防で、裁判所類でしか話さない方が良いと今でも思っているが、催眠独り言を言わされたため、もうどうしようもない。

この件は、独り言で言わされるまでは、先の議員にしか言っていなかったことである。それでは何故、それ以外の人も知っているのであろうか。この議員が不用意に喋るとは思えない。すると、やはり映画説なのであろうか。ちなみに、今でも、「嘘」の確率が高いと思っている。

(2020/07/17 23:41追記:2020/07/18 0:59微修正 23:59メモの時間を追記)

本日(2020/07/17)仮眠中に催眠問答(10:30頃~正午の間):2020/07/17 起きるや12:23に日程表の下にメモ記述。(2020/07/18 0:51微修正)

【睡眠】7:00頃~10時頃2階で寝る。10時半頃~12時頃一階応接間で再度寝る。

この二回目似ている間に催眠問答をさせられた。
輪姦事件について、二階から一階に降り、再度寝ているときに思い出さされたこと(数十分前の寝ている間の問答)は以下である。

催眠→「該当者(輪姦を起こしたと言った人間)がどこに住んでいるか知っているか。」
私→結論。
「今も2000年頃でも、どこで生まれた人で・どこで育った人かは知らない。当時も聞いていたかどうかは覚えていない。我が町に1976年頃いたことは事実であろうが、当時、どこに住んでいたかも覚えていない。」

https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1284061729794580481?s=20

 

2020年7月18日 | カテゴリー : トラブル | 投稿者 : TAKAMASA HAMADA